いつか愛せる

DVのその後のことなど

中学生のふりをした

 昔から知らない人によく声をかけられるタチだが、知らない人に電話をかけさせられたお話。まだ携帯電話の存在しない、私が20代前半のころだ。ひとり1台の電話を持つ現代には、あんな面倒な・・・いや、他人の生活を垣間見るような機会が無い。

 

 私の通勤経路、駅に近い大きな交差点に電話ボックスがあった。私が角を曲がろうとしたとき、そこに立っていた女性に声をかけられた。40歳前後くらいに見える、やや暗い印象の女性。まだ朝の7時台だったはずだ。彼女は

「電話をかけてもらえませんか?」

という。こういう時に私は断れないばかりか、理由をツッコむことも出来なかった。

 相手は自分の息子で中学生とのこと。電話に出るのは多分、息子の祖母(彼女の姑ということか?)だという。

「多分、感じの悪い出方をすると思うけど、息子のクラスメイトのふりをしてください。スズキと名乗って息子と電話を代わってください」

 このお母さんは早朝から家出をしているのか。それとも前から家出していて、何とか息子と連絡をとりたいのか。考える暇もなく電話ボックスに入り、教えられた番号にかける。私に中学生のふりができるだろうか? 10歳近くサバ読むことになるけど声だけなら大丈夫かな。

「もしもし」と電話に出たのは、言われた通りこちらを怪しんでいるような年配女性の声。私は明るく感じよくを意識した。

「○○君のクラスメイトのスズキと言います。○○君いらっしゃいますか?」

疑われなかったのか本当は疑っていたのかわからないが、すんなり息子さんを呼んでくれた。

「もしもし」

と出た息子さんはいかにも中学生で、素直そうな声だった。そこで私の役目は終わり。気になるけど女性にバトンタッチ。チラ見しながら去ろうとすると、女性がこちらに会釈しながら低めの声で話していた。息子さんの話しを聞いている祖母が、電話の相手がクラスメイトではないと気付きませんように。

 

 あれはどういう状況だったのだろう。登場人物は3人だけど、本当は女性の夫もいるのかな。女性が家を出たのは本人の都合なのか、それとも出ざるを得なかったのか。

 もし女性がすごく勝手な人だとしたら? 浮気して勝手に飛び出したけどお金が無くて、息子に泣きついて何とかしようとしている、とか。それなら姑さんが拒否したがるのは当然だ。

 でも何となく違う気がする。例えば、女性の夫と姑がひどい嫁虐めをして、堪えきれずに家を出た。でも息子が心配だ・・・そちらの方が近い気がする。それに、そうでないと手伝ってしまったこちらの良心が痛む。

 もう迂闊にあんなことはするまい。ちゃんと話を聞いて、納得できたら手伝えばいい。でも相手が本当のことを言うかもわからず、朝の出勤時にゆっくり聞いてもいられない。判断できるか難しいなあ。

 もしかして私の前に断った人がいたかも知れない。息子に電話するなら男性の方が自然だ。やっと捕まえたのが私だったのかも知れない。事情はわからないけど、あの女性の役には立った・・・そう思って後悔するのはやめた。