いつか愛せる

DVのその後のことなど

義母の入院と義父の薬

 義母が倒れた原因はよくわからない。数日前に転んでから腰が痛かったらしい。でも前夜、義父が飲む大量の薬を分ける作業をして疲れちゃったと言った。

 当時はまだ、薬局に頼めば薬を1回分ごとに袋詰めしてくれるなんて知らなかった。薬の仕分けは、これから介護に携わる人には是非おすすめする。どこの薬局でもやってくれるとは限らないし、仕分けする分、待ち時間は長くなる。でも後の膨大な手間と飲み間違いのリスクを減らすことができる。

 義父は持病の糖尿病の他にも血液をサラサラにする薬など、全部で10種類くらいは服用していた。それを、朝、昼、夜の食後と寝る前、さらに食前のものもあり、大量の薬を飲む機会ごとに変えなくてはならない。義母の入院後は私も毎月仕分したが大仕事だった。1回分ずつハサミで切らねばならない薬もあるし、数が合わないと全部数え直しになる。個数やタイミングを間違えると命にかかわる可能性もあり、責任が重い。

 薬以外にも、義母は家の中のことは何から何まで義父の世話を焼いていたから、義父はひとりになってもお茶を沸かすことすらしない。週末は私が通ったが、平日の食事は義父自身に買ってもらうしかなかった。糖尿病だというのに、菓子パンなど甘いものを好んで買った。夫に怒られても隠れて食べており、ゴミ箱や庭の隅にはお菓子の袋が捨てられていた。

 指示通りに薬を飲むことも出来なかった。お薬カレンダーに入れて何度説明しても、今日が何曜日か把握できない義父には意味がなかった。しょっちゅう飲み忘れて時には飲みすぎたりした。本人は体調に変化を感じないようだったが、今度は義父が倒れないかと不安だった。

 

 介護の知識がない私たちはとにかく地域包括支援センターへ行った。このころはまだ夫の体調がまあまあで、予約した日に一緒に行くことができた。夫婦ふたりで取り組めば何とかなる、とこの時期は思っていた。

 やるべきことをざっくり言うと、助けが必要な高齢者の要介護度(または要支援度)を測定してもらい、担当のケアマネージャーさんを決めてケアプランを作ってもらうことだ。義父と夫と私で説明を聞き、義母の要介護度を調べてもらうことにした。

 そのとき私はあわてて「父も念のため調べてもらった方が・・・」と言い、それで助かったと後から胸を撫で下ろした。あきらかに義父にもケアが必要だった。ただ義父は肉体的には持病以外に不自由はなく、軽い痴呆があってもそこはどうやら考慮されにくいと知った。また高齢者の増加のため順番待ちが長く、要介護度の審査から結果が出るまで3ヶ月程度かかった。その間、義父にはひとりで生活してもらうしかなかった。

 これらは公共の仕事だから仕方ないとはいえ、平日の昼間しか予約をとれない。病院も役所も、基本的には平日しか手続きできない。まともに介護するためには専業主婦(主夫)が必要ではないかと思う。私はこの後、介護関連だけで簡単に有給休暇を使い切った。

 

 義母の入院で寂しい思いをしたのは義父だけではなく、愛猫のノンちゃんもだった。遊んでもらえず、なかなかトイレ掃除もしてもらえない。義父は餌はほぼ出してくれていたが、トイレ掃除は忘れる。私が週末に行くと、いかにも「きれいにして~!」と言いたそうな顔のノンちゃんに見つめられた。