いつか愛せる

DVのその後のことなど

義父が自宅にいた最後の1ヶ月の始まり

 義母のお見舞いに行った日曜日の翌日からもバタバタし通しだった。

 

<月曜日>

・出勤前に義母のコルセット代を振り込み、領収書をもらって返金の手続きに使う。

・ケアマネから電話あり。義父がほとんど動けないので義母のポータブルトイレを義父の部屋に移動。でも使ってくれず庭で粗相したらしい。

・夫の背中の痒みによる不眠はこの週もずっと続く。

 

<火曜日>

・昼休みにケアマネと電話。義父の訪問診療の日だったので様子を聞くが、脈拍が30回台しか無くて心配。

・義父が入れる施設の相談をすると、資料を義実家のポストに入れてくれるとのこと。

・帰宅後、ご飯のスイッチだけ入れて義実家へ。ポストを開け資料受取り、植木に水やり。

義父は眠っていたので起こさず。祈っていたら少し苦しそうな息。「大丈夫ですか?」と声をかけると起きて「大丈夫。お休みなさい」となり帰ってきた。

 

<水曜日>

・出勤前に老人ホーム紹介センター「みんかい」の予約をした。18:00~

訪問看護師さんから電話あり、義父の足の傷口が開いてしまった。ヘルパーさんに通院の手配するが、お金と保険証と診察券を渡す必要あり。

・「みんかい」の予約を延期し、帰宅後すぐ義実家にお金や診察券を届ける。雨なので片道30分かけて歩く。

・義父は眠っているので声をかけず。お薬手帳が見当たらずヘルパーさんにメモを置く。

・義母に頼まれて買っていた宝くじを思い出しとってくる(当たらず)

 

<木曜日>

・出勤前に銀行で義実家の通帳記帳。公共料金引落用の残高がギリギリで振替する。

・仕事帰りに「みんかい」へ。情報はもらえたがやはり民間は高い。

・義父の通院日だったがまだ報告なし。

 

<金曜日>

・出勤前にケアマネに電話し義父の通院結果を聞く。医師は「出血は血の巡りが良くなったから」だと言う。訪問看護師さんとどちらの見解が正しいのか。こちらは通院1回で2万円近く使うのに。

社会福祉協議会の情報をもらい調べ始める。

・私はなぜかアバラが痛みそれが腰痛に繋がっていた。

              

 このころは自分と夫のためだけに時間を使える日が無かった。たまに出勤前に何もせず直接会社に行ける日や、まっすぐ家に帰れる日があるとうれしかったなあ。

記録を読み返すと、自分の疲労だけでなく周囲の人がかなり動いてくれていたこともわかる。当時はお礼を言う余裕すらなかったけれど、ありがたかった。

 そしてこの時期は義父が家にいられた最後の月となった。変化はいつも私たちが動いたというよりは、運命だったと感じる。ただ常に準備は心がけていた。