いつか愛せる

DVのその後のことなど

引越し先を決めるまで

 夫が留学生(?)たちの騒音にブチ切れ転居を決めたのは、もう師走に入っていたと思う。

旧住まいのマンションに未練は無い。18年も住んでガタもきていた。

風呂場の換気扇は壊れていたし、壁にはDVの名残で夫の蹴り跡があった。住んでいる間に室内に排水の工事をされ、壁と天井に奇妙な排水管も這っている。

 それに、マンションの所有者兼管理会社は、どうにも怪しかった。会社の番号に電話すると、転送されるような音がしてから代表者の男性が出る。流行りの個人大家さんだろうか。騒音etc.の件で相談しようとした時も、お話にならない対応をされた。

もうこのマンションにまともな日本人は入って来ないだろうな、と思った。

 

 何とか年内に引越し先を決めたいため、平日の夜は検索しまくり、週末は不動産屋へ行き内覧を重ねた。

私がこだわった条件は以下。

・管理会社が地元にある(怪しい大家のマンションはもう嫌だ)

・家賃と間取りが旧住まいと同程度

・この地域から離れない(夫の実家から離れるわけにはいかない)

・駅から10分未満(旧住まいは駅から徒歩15分。夫が急に動けなくなり私があわてて帰宅する時、その距離を全力疾走して自分も倒れそうになっていた)

 

夫がこだわった条件はすべて災害を想定したもの。

・最寄りの路線のこっち側ハザードマップ等で地盤の固さを調べた)

・周囲より少し高くなっている場所

・建てられたのが1981年6月以降(新耐震基準による)

 

 複数の候補を見つけ夫にも内覧してもらおうとしたが、動けないから決めていいと言われた。

夫の条件はクリアし、私の条件は半分くらいで決めた。

・管理会社は地元ではないが大手で安心

・家賃は前より少し安く、間取りはほぼ同じで少し新しい

・何と、前のマンションと同じ通り沿いにある近所のマンション

・駅から10分は無理だったが、3分だけ駅に近づいた

 

 まだ不安はあった。私の収入で保証会社の審査が通るのか? 不動産屋で私の年収を○○万円と書いたら、△△万円の間違いでは? と100万多く言われた。

「そうです」と言うべきだったかも知れないのに、馬鹿正直に答えてしまった。

ただし「預金額は?」という質問には「私の名義では○○です」と、いかにも夫名義ではもっとあるかのように答えた。

「前のマンションで一度も家賃を滞納していないことは実績になりませんか?」と聞くと、同じ保証会社でないと意味がないらしい。

 

 年内に決まるかどうかギリギリのところだった。保証会社から結果が届いたのが不動産会社の最終営業日。ハラハラし通しだった。

なぜ審査が通ったのかは不明。私に借金が無いからか、連絡先になってもらった実家の父が持ち家だからなのか。

 

引越しと保証人↓ よろしければ参照ください。

manaasami.hatenablog.com

 あとは契約書を交わすだけの状態の時に、同じマンションの情報を別のサイトで見てみた。すると家賃は当然同じだが、なぜか管理費が3千円安い! 

不動産屋を変更したい・・・でも、今さら無理。

 この3千円の違いはなぜか。どうやら安い管理費を提示している不動産屋と、マンションに付いているインターネットサービス会社が同系列らしい。つまりこの3千円はインターネット料金か。そんなことがあるなんてなあ。

 

 これから引っ越すご予定のある方には、念のため候補の住まいを複数のサイトで比較することをお勧めします・・・

引越しする羽目になったわけ

 私と夫が実家の介護の慌ただしさのただ中で、引越しなんてしたくないのにマンションを移った話。トラブルの嵐。

 

 その賃貸マンションには18年いた。3階建で2階の部屋。当初の大家さんは近所の地主さんで、会えば挨拶するし、たまに雪が降れば前の道路を雪かきしてくれるような親切な人だった。

でも高齢になって代替わりし、お子さんが大家となり管理会社も替わった。

その少し前から空き部屋が増え始め、ついに半分くらいが空いたままになった。するとお子さんは不良債権となったマンションを手放したらしい。持ち主と管理会社が同時に変更された。

 聞いたことのない社名で、所在地も県外でかなり遠い。この時からマンションの環境がガラッと変わるとは想像もしなかった。

 

 次々に部屋が埋まった。2階は我が家の隣と他に1部屋。3階は我が家の真上と他にも2部屋。(1階はすべて店舗)

埋まった部屋に入ったのは、なぜか大勢の外国人。国籍はバラバラで、ほぼアジア系に見えた。全員が若くほとんど男性。一体何人だろう? 2DKに10人近くいたと思う。民泊だとしても多すぎる。

 でも初めは気にしなかった。我が家の隣の部屋のドアの前に、ふたりの青年がしゃがみ込んでいた。どうやら鍵を持っていないらしい。

夫が気にして話しかけた。「寒くない?」「お腹空いてない?」とお菓子を渡すと「アリガトウ」とカタコトで話した。

 ところが、初めは親切にした夫が後には「ブっ殺してやる!!」と言うに至る。

 

 一番気になったのは騒音。大勢の若者がいれば賑やかで当然だとは思う。でも日本の文化とずれているため妙に目立つ。なぜか電話を使う際は廊下に出るので、我が家の前で話す。深夜や早朝も出入りが多いし話し声がうるさい。足音もやたら大きい。

 他には、ゴミの出し方がメチャクチャ。靴が玄関に入りきらないのか、ドアに挟まっていたり廊下に飛び出している。ドアはよく半開きになっているので、洗面台にシャワー付き(我が家にはない)なのが確認できた。

他に迷惑ではないけれど、雨が降っても洗濯物を常に干しっぱなし。カーテンもつけない。

 彼らに悪意がないのはわかる。こちらから「こんにちは」と声をかければ「コンニチワ」と返ってくる。

ゴミの出し方などはそのうち覚えると思ったが、人の入れ替わりが激しい。覚える前に入れ替わるからいつまで経っても変わらない。

 

 夫は原因不明の不具合で、調子の良い日に実家へ行く以外ほとんど家にいた。だから一日中騒音にさらされる。特に真上の部屋からドスドスと振動が来ることで頭に血が上った。

 初めて警察に電話したのは、深夜に上の階がうるさい時だった。バイクに乗ったお巡りさんがひとり来てくれた。事情を話し、あえて「深夜に怖いんですよ」と伝えた。夫は怖いのでなく腹立てていたのだが、そう言う方がいいと判断した。

 何度か警察を呼ぶ羽目になり、いくつかのことがわかった。これらの部屋の名義は日本名の女性になっていて、入っている若者は日本に来て間もない学生たち。住む場所が決まるまでの間ここにいるとか。警察から名義人の女性にゴミの件などは注意してくれた。お巡りさんには「トラブルになるから直接は話しに行かないでください」と言われた。

 また我が家の真上の部屋のドスドスうるさい振動も、お巡りさんが見に行ってくれた。

私は「柔道の練習でもしているのか?」と思ったけれど、ただ歩いているだけだと言う。

お巡りさんが「目の前で歩いてみて」と言うと、確かにうるさい歩き方だったらしい。彼にはそれが普通なのだから、注意されても習慣を変えるのはほぼ無理だろう。

 

 ついに夫は「もうここ出るぞ!!」と宣言した。そんなお金も時間も無いけど仕方ない。夫は弱ってはいてもボクシングやムエタイが出来る。そして蒸し返したくはないけれどDVの過去もある。彼らに殴りかからない保証はない。

 私は早急に引越し先を探さなくてはならなかった。

役所で不正を疑われる

 家を売る手続き絡みで印鑑証明の取得を拒否されたお話。ただ私の記憶がすでに曖昧なので、細かい部分は記憶違いの可能性もあり。

 

 無料法律相談で司法書士さんから義母の印鑑証明等をとっておくようアドバイスされ、そのまま役所の窓口へ。本人ではないので委任状が必要になる。

「この様式でご本人に記入をお願いします」

「ああ。無理です。書けないです」

点滴だけで頑張って生きている義母を無理に起こしたって、ペンなんか持つ力も無いですよ・・・という内心の言葉はとどめた。数人が寄ってきて説明される。

「ご本人の手の上から手を支えて書いていただいて構いませんから」

無茶だな。私が困っていると、

病院でご本人が動けない状況だとわかる書類をもらってください

それなら、看護計画の書類でわかるだろうと思った。このセリフを言った女性の名札を確認しなかったのは私のミス。名前どころか顔も覚えていない。

 

 ここまでは市役所の本局での話だが、次の手続きは分室へ。分室は土曜日も開いていたから仕事を休まなくてすむ。

ところが印鑑登録して同時に取得するための書類を拒否された。委任状か診断書を持ってこいと。

 私は本局で聞いた話を説明した。「誰から聞きましたか」「名前はわかりません」

だったら本局へ行けと言わんばかりに断られた。

 通常の私の性格は、ああいう場合絶対におとなしく引き下がる。

でもあの家を売らなければ、義父母の医療費をこれ以上払えないし施設の入居も出来ない。夫の心身も壊れかけている。綱渡りの生活で動けるのは私だけ。

「診断書が必要ならそう知っていれば・・・今だって病院に行ってきたんですよ!」

しばらく立ち上がれず無言のまま涙が流れた。でも役所の管理職らしき人も引くわけにはいかないだろう。私が立ち上がるしかない。

 

 司法書士に経過を連絡し、病院に電話し診断書について聞いた。書いてもらうのに2週間もかかるという。

 呆然としたまま自転車置き場に向かう途中で携帯が鳴る。さっきの役所の男性だった。

「今日は本局は休みなので、月曜日に電話して確認します」とのこと。ああ、この人は同情してくれているようだ。本局でなら手続きできるかも知れない(役所としてそれでいいの?という気はするが)

 帰宅して気付く。私は義母の名前で印鑑登録しようとしたが、すでに登録カードがあった。何年か前に権利書を名義変更しているのだから当然ではないか。そんなことに思い至れないほど切羽詰まっていた。

 さらに気付いた。私は偽の印鑑登録を企んでいると疑われているんだ! 

義母の実子でなく嫁だから尚更怪しいだろう。私が困っている事が、すべて疑われる理由になっている。

疑われるのはムチャクチャ悔しかった。私は真面目が取り柄の人間なのになあ。

 月曜日に予定通り電話は来た。前に電話をくれた男性と別人でもっと偉そうな感じ。

「本局では誰もそんなことは言っていない」と言われた。今度は私を嘘つき扱いか・・・

けれど今は何を言っても無駄だ。全部終わってから役所に手紙を書こうと思った。

 

 とにかく私は義母の印鑑証明書を手に入れた。役所は本人が書いた体裁の委任状があればいいのだと計算できたから。

月曜日に偉そうな男性が電話をくれた際「委任状を誰が書いたかわかるんですか!」と突っ込むのは忘れなかった。もちろん「わかりません」と言われた。正直者が馬鹿を見る仕組みなのだという気がした。

 そして義母は売却の意思確認のときもその後も、ちゃんと生きていてくれた。家を売って義両親が転院するための資金も確保された。

 だから私は市役所に手紙を書いた。自分に手落があって疑われたと認識した事。役所には疑う使命もあるだろうこと。でも本当に困っている人間を切り捨てないために、見分ける目を養っていただきたいこと。

時間をあけたことでクールダウン出来てちょうど良かったと思う(でも役所から返事はない)

 

 役所に疑われたといえば、もっと強烈で警察に連行された話もあるので、よろしければこちらもどうぞ↓

manaasami.hatenablog.com

権利書も年金手帳もないのに家を売る

 最初に義母が入院した際、膨大な荷物を少し片付け重要書類の探索をした。その際、義両親の年金手帳が見つからなかった。

手帳は年金の受給が始まれば使う機会はないから気にしなかったらしい。(住所や氏名の変更があれば使うと思うけど)ちなみに死亡後の返却も必要無かった。

 最もあわてたのは土地建物の権利書。会社をたたむ数年前に、会計士さんのアドバイスで不動産は義父から義母に名義変更をしたらしい。義母は「その際にお父さんが会社に持って行き、持ち帰ったかどうかかわからない」という。

 私は片付けの際に、会社の古い書類を段ボールごと捨てた。まさかそこに入っていたのだろうか。必要なものが無いか全部確認はしたけれど、見落とした可能性はある。

 

 夫は両親が要介護になる前から「家を売って便利で手ごろなマンションに」移るよう勧めたが、義母が取り合わなかった。でもいずれ売らなければ介護資金が到底が足りない。

ケアマネさんに相談したが「ご家族がこう考えていますよという言い方しかできない」と言う。まあ無理もない。

 私はまず自治体の無料法律相談を市役所に申し込んだ。弁護士か司法書士に無料で相談できた。ただし月に1回の先着順で、1回1時間の制限もある。

予約はとれたものの、まだ何を聞けばいいかすらわからない。その時点で得た知識は、権利書の再発行は出来ないが、紛失した状態でも売買は出来ること。ただし年金手帳も見つからないので本人確認に時間はかかるだろう。

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 1年くらい後、義母の余命宣告でいよいよ差し迫った。私は再び無料法律相談に行く。今度は具体的な資料を作った。家族関係の図。義母が不動産の名義人でやんわり余命宣告されている。義父は軽い認知症で判断に不安がある。夫も体調が悪く働けないし同席もできないこと等、ひと目でわかるようにした。

 この資料で無駄な時間が省けたのと、私の状況に同情されたのか親身になってくれた。

①年金手帳が無くてもなんとか手続きしてくれるという

 →会場が市役所だったので、帰りに義母関連の書類を取得するよう勧められた。

②古い建物ごと買い取ってくれる良心的な地元の不動産屋を紹介してくれる

 →建物撤去し更地にするのに300万円程度かかるため、売りに出せない状態だった

③不動産売買には義母の存命中に司法書士が名義人の意思確認する必要がある

 →日時を決めて病院まで来てくれるという

 

 もし義母が亡くなってしまうと名義は義父になる。義父には成年後見人をつけないと不動産の売却など出来ず、お金も時間もやたらかかる。さらに義父も亡くなった場合、夫は「相続は拒否する」と言い張る。夫は体調不良だけでなくメンタルも危うくなっていた。

 名義人の義母はいつ亡くなってもおかしくないのに、家を売ることの了承もとれていない。でも司法書士と不動産屋さんが病院に来る日は決まる。当日義母を説得する一発勝負しかない。

 なのに夫は約束の日に、どうしても起き上がれなかった。これだけは私でなく夫に話してもらわなくては。司法書士さんに電話し延期してもらう。でももしその間に亡くなったらどうすればいいのだろう···

 

 と、当時のことを書いていて思った。崖っぷちすぎて司法書士さんに同情されて当然だったかも。でもいい人に当たって助かった。

この前後には、私が市役所に不正を疑われて義母の印鑑証明をとれないトラブルもあった。さすがに私も壊れかけ、窓口でフリーズした。

だから!その間に義母が亡くなっちゃったらどうしてくれる···云々かんぬん···

 

 とりあえず誰かのお役に立てそうなことは、法律相談に行くなら時間を有効に使うため、ひと目で関係がわかる資料を作って行きましょう! ということでした。

加害者との対話を求めること(その2)

 この記事は11月15日の「加害者(←この言い方は嫌いだけど)との対話を求めること」の続きです。よろしければこちらをお先にどうぞ。

manaasami.hatenablog.com

「謝罪の意味」で書いたように、DVでうけたダメージからの回復初期には「わかってほしい」という思いが強かった。

manaasami.hatenablog.com

 そう自覚して後に、長い時間をかけて「わかってもらえなくても大丈夫」に変化した。それが回復のひとつの指標だと今は思う。

 

 一方、15日に書いた「なぜ加害者に会いたがるのか」では、「知りたい」という思いが強い。「わかってほしい」と「知りたい」が両方あるのだから、会いたくて当然。コミュニケートするしかない。

 ただし「わかってほしい」も「知りたい」も、コミュニケーションで叶うとは限らない。相手はわからないかも知れないし、こちらも相手の話を理解出来ないかも知れない。だから会って話すことが必須ではないし、万能でもない。

 それでも修復的司法には専門家が介入した事前準備があるはずなので、個人対個人で会うよりは有意義な結果になる可能性が高いと思う。

 

<わかってほしいについて>

 私の場合、夫にわかってもらえて癒されたのではない。さすがに全くのゼロでなく何某かの認識はしてくれたろうけれど、理解はされていないと思う。(←これは悪口ではなし)

夫と話して理解してもらうのは無理だと納得できたことが、当時の私の収穫だった。

 それは夫個人に絶望したのではなく、理解できる人は滅多にいないという認識。人に頼らず自分で癒されて立ち上がるしかないと思えたこと。

更に、夫は想像力を使って人に共感することが極端に不得意であることも知った。一般的に女性の方が共感能力が高いそうなので、夫が変なわけではなさそうだ。

 会えないのと、会って話してもわかってもらえないのは似ているようで違う。後者の方が納得しやすい。

 

<知りたいについて>

 なぜ自分が被害をうけたかでなく、なぜ相手が加害に及んだのかなら、相手から聞ける可能性がある。

我が家の場合、直接的なきっかけを私がつくっていても、根底にあったのは八つ当たり。本当の原因はほぼ夫の中にあった。それを明確に知ることの意義は大きい。

 一方、自分が暴力を受けたことの意義は、相手にはわかりようがない。自分で答えを出すしかない。

 20年を経た私の結論は、知るのではなくこれから決めるということ。

先に意義を知りたいと思ったけれど、意義は自分で創っていくものだった。被害にあった後をどう生きるか。生き方次第で大きな意義を見出したり何か発見したりする。不幸でしかなかった経験が自分の糧に変わる。

 わかってから進みたかったし、そうしないと進めない気がした。でも実際に進んでから気づけることだった。

二重投稿してしまった

 私はよほどドジらしい。昨日、また二重投稿してしまった。

公開後にタイプミスなどに気付いて訂正した時にやってしまうのだろうか? 単純に訂正だけではダブらないと思うけれど。仕組みがつかめない。

 気付いた時には両方に複数の⭐️をいただいてしまったので、両方残します。見苦しくてすみません・・・

読者登録してくださっている方には、2回通知が行ったのですかね? 2度も読ませてしまい申し訳ございません!

名前に違和感

 この地域は犬を飼っている人が多いのか、通勤の行き帰りによく飼い犬に出会う。

ある朝、駅に向かって歩いていると、路地から走り出てきたのはスラリとした黒っぽい影。プードルだ! 昔からよく見るトイプードルでなく、背の高いスタンダードプードル。青味がかった濃いグレーで、綺麗にトリミングされている。

 それを追いかけて出てきたのは、ステテコ姿のお爺ちゃん。

「これ、クロ! こっちへ来い!!」

え? このプードルの名前がクロ?? 濃いブルーグレーだと思うんだけど。黒ですか。そうですか。わかりやすいもんね。

 純和風なお爺ちゃんとの違和感も半端ないけど、可愛がられているならそれで良し。

 

 別のある日。駅から家に向かって歩いていると、私の前に犬の散歩をさせている女性がいた。小柄でずんぐりしていて、短い足でお尻をふり気味に歩く犬。耳はきちんと立っている。あ、フレンチブルドックだ! 昔、夫の実家で買っていたボスと同じ犬種。

後ろ姿しか見えないけど、毛色は真っ黒。よちよちした歩き方がかわいい。

飼い主の女性がしきりに話しかけていた。

「バ~ニラ💕 ○○ちゃん家に行こうね、バニラ💖」

 

バニラ?・・・真っ黒だけど、その子はバニラちゃんですか。

もしかしてその子は、甘い香りがするんですか? それともバニラビーンズの色ですか?

黒い犬にバニラと名付ける理由を誰か教えてください・・・