いつか愛せる

DVのその後のことなど

「力石徹のテーマ」は力石の曲なのか?

 我が家で「あしたのジョー」ロスがまだ続いているせいか、夫が動画サイトで「力石徹のテーマ」を聞いていた。オープニング曲もいいけどこの曲もいいなあ。当時のアニメソングとは思えない世界観とカッコ良さ。

 私は子どものころ、この歌もジョーの歌だと思い込んでいて、後に「力石徹のテーマ」というのだと知った。そう言えば途中に「書け名前を 徹・力石」という歌詞がある。

 でも、今聞き直してもやっぱり「力石だけの曲なの?」と疑問。理由を挙げてみよう。歌詞を載せちゃまずいのかな。部分的にしておく。

           

●行け荒野を 俺等ボクサー 

「俺等」と書いて「オイラ」と読む。力石が「オイラ」とは絶対言いそうにない。ジョーの一人称は「俺」だけれど「オイラ」と言っても違和感がない。子ども達と遊んでいる時なんかは言いそう。

 

●泣け明日は 今日は狼

刑務所にいたころ、ジョーは野良犬で力石は「血統書つきの犬」に例えられていた。野良犬は強くなると狼になれそう。

 

●みんなはこの俺を 情け無用と言う

「情け無用」は減量にもクールすぎる力石か。それともボクシングを始める前に悪ガキだったジョーのことか。あるいはボクサーの道理として敗者に情け無用という意味か。

 

●親無し宿無しの 名もないボクサーは

ジョーは確実に親も家も無かった。力石の両親は不明。白木家の世話で住まいはあり。

「名もないボクサー」は、ライセンス取得前の(正式にはボクサーではない)ジョーっぽい気もする。

 

 流れる雲に「徹・力石」と指で書いたのは、先を歩いていたライバル力石を目指すジョーなのでは?

オープニング曲の「あしたのジョー」で「憎いあんちくしょう」と言うのと同じ・・・

 というわけで、私の頭の中では「ジョー目線で力石を歌った」曲ということに決定。 

もちろんジョーと力石のふたりを歌っているとも考えられるし、その他大勢の名もない(タイトルを持っていない)ボクサーを指すのかも知れない。

 

 でも多分、作詞した寺山修司は(←なんとなく呼び捨てが似合う人)明確に決めていないんじゃないかな。作品の世界観を詩にしただけの気がする。

こういうことは、妄想したり意見交換したりするのが楽しいのでいい😁