いつか愛せる

DVのその後のことなど

マスクは思想でも信条でもない

 退院の二週間後から出社をし始めた。梅雨の最中だけれど、結構暑い。街中も電車の中も、マスクをしない人が増えた。それはうれしい。この暑いのにマスクするのは息苦しくてしかたない。

なのに私はマスクを付けて出社している。なぜなら、今は鼻をガードしたい気分だから。本当は6月27日の通院で鼻の中の詰め物を掃除して、終わりになるはずだった。でも掃除の後、主治医が言う。「右側の鼻の中がまだちょっと狭いんですよねぇ

それで診察用の椅子に座ったまま追加処置が始まった。今度は局部麻酔で右側に何か処置された。本人には見えないし、ちょっと痛いので何をしているのか聞く余裕もない。

「せっかく手術したんだからなるべく良い状態にしましょう」と言ってくれる医師を信じるのみ。それでまた右側だけ、詰め物をされた。額に近い奥の方なので、呼吸は出来るし見た目にはわからない。綿球は取っていいとのことでホッとした。

 そういうわけで。今も右鼻の奥の方に違和感があるし、ちょっとだけ痛い。だから絶対に鼻に触られたくない気分で、外ではマスクを付けたくなる。

             

 それで当たり前のことを、あらためて思った。マスクする人もしない人も、理由は人それぞれなんだなあ。

私はマスクを付けたくはない。職場でも付けろと強制されてはいない。(まだ付けている人も多いけど)ただただ、特殊な状況下でやむなく付けているだけ。

 マスクの有無やワクチン接種やその他色々なことを、まるで思想信条のように見られることがある。そのことで見知らぬ他人を叩く人が居たり、不利益を被る人がいる。勝手に「⚪︎⚪︎派」と名付けられて対立に組み入れられたりとか😓 馬鹿馬鹿しいなあ。

 私も他人に対して、絶対に決めつけをしちゃいけないと思った。目の前の人が、私の知らないどんな事情を持っているのかわからない。だから勝手な判断をするまい。自分が正しくて相手が間違っていると思うまい。

 そういうことを考えた。そして私のマスク姿を見る人に「まだ怯えてんのか?」とか「マスクでウイルス防げるわけないだろ馬鹿か」などと思われたくないなあと思う。まあ、思われるだけで何もされなければ☹️いいけどね。