昨日見たドラマ「ザ・トラベルナース」で、義母のことを思い出した。もっと後に書くはずだった内容だけど、タイムリーだから辛い思い出を書く。
義母は美味しいものが大好きな人だった。家業の手伝いで忙しく、他に趣味は持てなかったと思う。時々美味しいものをお取り寄せして、我が家にもお裾分けしてくれた。
風邪などひいても「お寿司食べてよく寝れば元気になるわ」と言い、その通りだった。
最後の入院の際も当初は食欲があり、私は毎週何かしらスイーツを持ってお見舞いに行き、一緒に食べおしゃべりした。ところが、ある日を境に急に食べられなくなった。
食事の話なので詳細は略す。点滴で栄養をとり何も口にさせてもらえない。たまに夫が顔を見せると「お腹すいたよ。食べないと死んじゃうよ・・・」と嘆いた。病院は食べると死んでしまうと判断しているのに、皮肉だ。
初めのうちは皮をむいたトマトなど、義母が望んだ軟らかい物を何度か持って行った。でも行った日に義母がぐったりしている日が多く、こちらから何も言い出せないまま。
ある日100%果汁のトロピカルジュースを持っていくと、看護師さんがトロミをつけて少し口に入れてくれた。液体のままでは危険で口に出来ないらしい。
久しぶりの味覚を義母は「美味しい」と喜んだ。毎週飲ませてあげたいが、誤嚥性肺炎を起こす可能性があるので家族が与えるわけにいかない。その病院にいた残りの期間に、たった2回しかジュースもあげられなかった。
口を使わないせいか、ひどい口臭も出た。口の中を湿らせるため棒の先にスポンジが付いたようなものを、売店で買うよう言われた。どうも治療道具とは扱いが別のようだ。すでに義母はやんわりと余命宣告されていて、別の病院に移った。
転院先は積極的な治療はしない、あまり退院する人がいない病院。すでに骨と皮ばかりになっていた義母は、まだ食べることを求めていた。
一応リハビリもあり、食べる訓練のため棒付きキャンディを買うよう言われた。私は喜んでチュッパチャップスを買っておいたが、後から義母に聞くとほとんどリハビリはないという。大勢の患者に対して、リハビリするスタッフが足りないらしい。
ドラマの中では大金持ちでVIP待遇の患者。カリスマ的に優秀な看護師。その2つがあってハッピーエンドになれたが、普通はそうならない。
あるとき夫は医者に聞いた。
「もうどうなっても文句は言わないから、好きなものを食べさせてもらえませんか」
でもOKは出ない。そうしたければ退院して自宅でやるしかない言われた。それが日本の病院の仕組みだと知った。
お見舞いに行っても何もできない日が続き、ある日夫は荒れた。まるでDV渦中のときのように、病院で目をギラギラさせ苛立ちベッドを叩いたりしながら、
「お袋、寿司買ってきてやろうか!?」
本当はどんなに食べたかったか知れないのに、義母はかすかに横に首を振った。こんな辛い状態の義母をさらに怯えさせていると思うと、私もなおさら苦しかった。(翌週、ちゃんと夫が落ち着いたことは報告して安心してもらった)
もし「退院して好きなものを食べるか?」と聞いたら、義母はどう答えただろう。
あの時の義母を退院させるということは、「さあ好きな寿司を食べて誤嚥して死になさい」と言うのに等しい。
義母は周りに迷惑をかけることを嫌ったから、やはり病院に留まったかも知れない。今も何が正解だったのかわからない。
我が家の台所には、あのとき義母のために買ったトロミの素がそのまま残っているのを思い出した。見たら消費期限を2年も過ぎていた。
思い出のような形見のような気がして悩む。捨てようかな・・・どうしよう。