いつか愛せる

DVのその後のことなど

義実家と距離をとるチャレンジ⑤

 この週はどうにも義実家と距離をとりようがなかった。

<日曜日>トイレが溢れる

 午後は雨の予報だったが荷物が多いので、帰りはカッパを着る覚悟で自転車にする。支度しているときにヘルパーさんから電話。義母が使っているポータブルトイレの中身を捨てようとしたらトイレが詰まってしまったとのこと・・・・こちらで業者を依頼してすぐ義実家へ向かう。着いてトイレを見ると、便座は洗ってくれたらしいが確かに水が汚れたまま。トイレも洗わなくてはならない。

 義母は体が辛いらしく本当に動けない。入院したいと言われれば私は手続きする気でいる。義母は以前の入院が1泊1万5千円だったことで遠慮しているのがわかり「あの時は個室だったからです」と説明。

この日から3日間、義父と義母それぞれが安心できる場所に入ってもらうために、多くの関係者を巻き込んで駆けずり回るような奮闘をした。私は電話の相手が誰だかわからなくなるほど何度も問合せ交渉もした。

 

<月曜日>義母入院

 午前中だけ会社へ行き早退。義父をショートステイに入れてもらおうとしたが、1泊1万円以上(義父は2割負担)と高いので断念。足の指を切断する予定の病院にすぐ入院させてもらえるよう交渉したが、診察しないと決められないと断られる。

 夕方から行くはずだった不動産屋をキャンセルして義実家へ。義母は訪問の医師の手配で入院できることになったので、付き添って夕方5時過ぎに病院へ。担当医は入院を渋っており、その時点では「1週間後にコルセットが出来るからその日に退院」と言われた。矛盾するが構っている暇はない。義父をひとりにするのが心配なので急いで義実家へ戻る。

 

<火曜日>義父の通院と入院決定

 「状況次第で休むか遅刻かわからない」と会社に連絡し、義父が指を切断する予定の病院へ。事情を汲んで翌日入院させてもらえることになった。会社は休むことにする。

昼過ぎに義父を病院から義実家に送ってお昼を食べてもらい、私は次に義母が入院した病院へ行く。正式な入院手続きと保証金と訪問看護の料金を支払う。

 夕方義実家に戻り、ケアマネと今後のスケジュールの打ち合わせ。義母は介護認定のやり直しが必要(確実に要介護度が上がっている)だし、ヘルパーさんに退院時の付き添いをしてもらうには、時間調整と支払い方法変更をクリアしなくてはならない(ヘルパーさんにお金を預かってもらえないため)

 あまりにバタバタした綱渡りで、予定を紙に書いて何度も確認しないと頭がついていけない。夫には「どこで線引きするか考えろ」とも「よくやってくれた」とも言われた。夫も私も疲れているのに眠れない。

 

<水曜日>義父の入院

 残り少なくなった有給をとり、9時ごろコンビニと銀行による。自分の昼食を買い前回入院時の支払いと今回入院のための出金。義父の準備はヘルパーさんがしてくれたが、庭やふとんで粗相して迷惑をかけたようだ。入院先の看護師さんにトイレの心配を説明。

         

 この日に足の指の切断手術をした。当時の記録は情報量が多すぎてグチャグチャだったが、この3日の動きをすこし整理できた。いかに忙しかったか。色々な人が動いてくれたか。そして私が義父と義母のメンタルに配慮してあげられなかったことも。

今は当時の自分に「よく頑張った」と言いたい気持ちと、義父母にもっと優しく接したかったという思いと、両方ある。