2018年9月14日。義母が療養型の病院に到着すると、数人の看護師さんたちが出迎えてくれて、ストレッチャーのまま検査に運ぶ。この病院では体重も横になったまま測れる。それほど動けない人ばかりが入る病院らしい。義母の体重はすでに30キロを切って20キロ台になっていた。食べられない辛さを、改めて突きつけられた気がした。
私は医師の話を聞く。腸閉塞は(しばらく食べていないためか)改善しているが、腸の働きは弱い。尿の濁りがひどいので炎症を起こしている。
義母と食べることについての記事は ↓こちら
試しに水を飲ませてくれたそうだけれど、今すぐ食べられるようになるのは無理とのこと。でも食べられるようになる可能性はある。圧迫骨折による腰の痛みがとれれば、車椅子で動ける可能性もあるという。前の病院では聞けなかったうれしい情報。治療を目的にはしない分、QOL(生活の質)を重視するのだと感じた。
私と夫が相談していた希望は、義母の寿命が縮んでもいいから食べさせてあげたいこと。手袋などの拘束はしないでほしいこと。
でもすんなり受け入れてはもらえなかった。なぜなら義母は(頭が)しっかりしている。もっと状態の悪い人なら点滴をやめることもありだが、今の状態でやめるのは殺すことのように感じる、と言われた。義母にある可能性を考えてくれていた。
ただ大腿部から入れている栄養のチューブが、いつかは感染してしまうものらしい。そのとき別の場所から入れ直すかどうか、家族の同意がいるとのこと。私には判断できないので同意書は預かった。その他にも書かなくてはならないたくさんの書類を渡された。
病院から一番近いスーパーの場所を聞いた。プリンかなにか買って食べさせてあげたかったけれど、この日はチャレンジ出来なかった。一週間様子を見て、20日にまた医師と話すことになる。また平日だ。私はすでにその年の有給休暇は使い切っていた。
帰宅して医師の話を夫に伝えると「俺は何もするなと言ったはずだ」と怒った。私は義母を転院させただけで何もしてはいないと思うけれど。
「やっぱり俺が行かないと駄目だ。20日は俺が行く」と言う。はたして夫はその日に動けるのか。行けたとしても途中で倒れるかも知れない。「私が行くから、電話と医師と話してくれない?」と提案した。
実はこの時期のことは記録の内容が重たくて、あまり読みたくなかった。気分直しに綺麗なお花の写真を貼る☺️