いつか愛せる

DVのその後のことなど

近しい人が去った喪失感

 長らく介護関連の記事を書いていないけれど、時々は書く予定。先日、夫と義両親のことを話した。

きっかけはGS(グループサウンズ)の曲を聞いたこと。流行ったのは昭和40年代だろうか。私もリアルタイムでは記憶になく、最近になって夫に聞かされている。

ザ・テンプターズの「おかあさん」という曲は、恐らく病気か何かで亡くなるお母さんが、我が子に向かってたったひとこと「いい子でいてね」と言い残す内容。

         

この歌詞、今ならメンタル系に詳しい人に「いい子っていう言葉に縛られる」とか何とか叱られるかも? 時代の変化は大きくて、現在の歌謡曲とはずい分違う。

 以前、夫はこの曲の「母さんがくれた形見」の部分を、ふざけて「母さんがくれた」と歌っていた。でも自分の両親を亡くしてからは、この曲が染みるらしい。

私の両親は存命中のため、「いつかわかる」「両親を失うことは俺が先に知ってる」と言われた。確かに。

 でも私も夫の両親が亡くなる時に、大きな喪失感を味わった。そりゃ実子の感覚と同じはずはないけれど。義両親は私にとっては年長の友人のような存在。

しかも介護の途中からは夫の体調が悪く、ほとんど動けていない。義実家や病院に行った回数は私の方がはるかに多い。義母とたくさんおしゃべりしたので、夫が知らない話も聞けた。

多分、亡くなる1年くらい前から、私は義両親に会いに行く度に「遠くない時期に失ってしまう···」という寂しさを抱えていた。義実家に向かうこの道も、買い物を頼まれたこの店も、いずれ来ることは無くなる。いつもそういう切なさを振り切って通った。

古い家の売却が決まってからは、何度も無言で家に語りかけた。「長いことこの家庭を守ってくれてありがとう」「もう少しだけ頑張ってね」と。

人にも場所にも物にも、すでに存在しているうちから追憶を感じる私は、時間をかけてじんわりジワジワと寂しがる。きっと自分の両親を見送る時は、義両親の時よりもう少し大きな喪失感を、もう少し長く深く感じるのだろうと想像する。自分のルーツが消えるような感覚もある。想像だけでもすごい寂寥感。

 夫は私と感覚が違う。両親を見送った後「生きている意味が無くなった」と感じるそうだ。別に両親のために生きてきたわけではないだろうし、マザコンでもファザコンでもない。誰かのために生きなくてはという感覚が無くなったのだと思う。(一応、私の存在も忘れてはいないらしいけれど)

 また思い出す。私を可愛がってくれた親戚や先生etc.が亡くなるたびに「愛してくれた人がまた減った😂」と思ってきた。この歳になるとすでにそう多くは残っていない。だから夫の言うことも何となくはわかる。愛してくれた目上の人だけでなく、憧れた有名人も、しばらくともに過ごした友人や同僚も、減っていくばかり。

厭世的にならないためには、年下の友達を作っておく方がいい。でも友人は必要に迫られてつくるものじゃないよね。小さな縁も大切にしたい。