いつか愛せる

DVのその後のことなど

書き出せない理由から書く

 出したい本の下書きを書き進めようと思ったのに、肝心な部分をなかなか書き出せない。ならば書きにくい理由を書こうと開き直る。とりあえず今までに書いたゆるし関連の記事を拾ってみた。書きたいことそのものでなく、周囲にあるようなことしか書いていない。

  • 謝罪の意味(その1)(その2) 
  • 癒すこととゆるすこと
  • 赦しに興味はないですか?/小松原織香さんのこと/ーゆるす話は二次被害/痴漢と「被害者のリアリティ」/ゆるす目的/ゆるす難しさ

 どう手をつけようか途方にくれる。ゆるしの哲学にさわるのは無理だった。そこを考えるといつまでも書けないから、とっとと自分の経験を書け。本当に書きたいのは実体験。やはり時系列の通りにするのがわかりやすいだろうか。ゆるしに取り組む前の状態の、どの辺から書こう。

「ゆるさなきゃ」と思うより先に、毎日フラッシュバックして😫ぐぅわ~~~っっっとなっていたところから? わめかないで済むようにまくらを噛んでうめいていた辺りから? 読む人の気が滅入りそうだなあ。

 でもそこを省くと、ゆるすことの無茶さ困難さが伝わらない。さまざまな被害経験で私以上に七転八倒した人も大勢いるだろうし。書こう。ただ、正確な時系列順には思い出せない。何年もかかったし当時は記録もつけていないから、記憶は当てにならない。せめて古いホームページに書いたコンテンツをひっくり返してみよう。

 あと、自分でも具体的に説明できない部分をどう書けばいいだろう。「こういう出来事があってゆるせた」とか「こう考えたらゆるせた」とか、そんな論理的な書き方は到底できない。ぐちゃぐちゃにカオスな頭の中を、どう説明できるだろう。

私の脳内の説明をするのは、汚部屋を片付ける大掃除レベル。ううん、当初は汚部屋だったけど、今はもう少し片付いているはず。

 

 こんなことを考えていたら、小西真理子さんの新しい本が来月出ると知った。

 歪な愛の倫理 ――〈第三者〉は暴力関係にどう応じるべきか (筑摩選書 268) 単行本(ソフトカバー) – 2023/11/17

あるべきかたちに回収されない愛の倫理とはなにか。暴力の渦中にあるの語りから、の応答可能性を考える刺激的な論考。

「歪な愛の倫理」って、確実に共依存的な関係のことだろうなあ。「暴力関係」は近しい人間関係だから家族や恋人のことだろうし。

これは読まずにいられない。本を置く場所もお小遣いも余力がないから、11月17日を待って図書館にリクエストしよう。まだ発売前なのに、アマゾンでの順位が「倫理学で762位」とは、予約で売れているんだなあ。

 ただ本当に「第三者は暴力関係にどう応じるべきか」を語られているのか、気になる。多分、小西さんのご専門はおもに「倫理」の方ではないのかな。でも是非「こういう理由で歪だけど離れないんですよ」という説明で終わらないほしい。解決につながる道を示してくれないと、サブタイトルが詐欺になってしまう。

20数年前の失望を思い出す。当時いくらDV関連の本を探しても、「DVとは何か」の説明か「離婚する方法」しか存在しなかった。逃げる以外の方法を誰も示してくれない。今も似たようなものだけど。(だから20年前に私のようなド素人が自分で本を出した)

 今度こそ、期待していいかな。第三者への具体的なアドバイスが書かれているなら、私は賛成でも反対でもきっと感想や意見を書きたくなる。それを自分の原稿に書いていいのかな。

 ところでアマゾンさん、本の説明文がおかしいよ。「〇〇の」に入るはずの〇〇が2か所も抜けていて思わせぶりに意味不明。わざとですか?😟まさかね。