いつか愛せる

DVのその後のことなど

再び読んだ感想

 今借りている本を次の土曜日には返却しなければならないので、もう一度読んだ。今度はやや感情をオープンにするかわりに、どっぷり読まないよう斜め読み。(すみません、そんな読み方ばかりで・・・)

 著者の矢川さんの苦しみを理解できるとは言えないけれど、やはり似た経験をたくさん思い出した。矢川さんは10歳で実父から性虐待をうけ、私は電車通学を始めた12歳から、毎日痴漢にあった。

初めは意味がわからず、戸惑い、羞恥し、自分が汚される感覚になった。誰にも言えず、犯罪者が野放しにされる世の中に怒った・・・ほとんど中年男性だったので「おじさん嫌悪症」になり、高校は女子校で微妙にその感覚を引きずった。

 電車以外でも痴漢にあう機会は多かった。なぜだろう。矢川さんは乖離が起きてしまったのが理由のひとつかも知れない。私の場合は多分、ボ~ッと歩いていたから。よく宝塚の歌を歌いながら歩いていたし、隙だらけだったのだと思う。

 痴漢は、自分がつかまらなさそうな相手を獲物に選ぶ。弱くて抵抗しなさそうな相手や、見た目がエロくて許容してくれそうな(←誤解のはずだけど)相手。多分、容姿などで選り好みはしていない。自分の保身だけ。

矢川さんは、にやにやした性犯罪者に共通の表情を描写されている。私も、他の女の子に痴漢行為をしている奴の表情は見たことがある。でも自分が被害をうけているときには気持ち悪くて目を背けた。かわりに、電車から降りて逃げていく際の気弱そうな表情は何度も見た。「あれが犯罪者の表情だ」と思った。

(私はDVの中での性暴力も経験したけれど、まったく状況が異なるのでその辺はトラウマを刺激されずにすんだ)

 共感した箇所がもうひとつある。まだ子どもだった矢川さんが「なぜ父親がそのようなことをするのか知るため」に図書館や本屋に通ったこと。でも手掛かりを得られなかったこと。

すでに大人だった私がDVの中でしたのと同じことを、そんな幼いころにされたのかと思って切なくなる。ふと、一緒に探してあげられたらよかったのに、と空想した。

でももうとっくに矢川さんご自身が、子どもだった冬ちゃんに寄り添ってあげていらっしゃると思う。

 実はこの書籍の出版方法から、一般人が本を出す方法が今はいろいろあることも知った。とてもうれしい情報☺️読ませていただいて感謝。

 こうして本の感想を書けたのは、私の心が上を向いてきたからだと思う。本が手元にあるうちに読める状態になれてよかった。

我が家の問題は無くなっていないけれど、私の内部が改善されつつある。それが絶対に重要。もう落ちるな!私。このまま上昇する。