いつか愛せる

DVのその後のことなど

共依存の概念を知ったとき

今週のお題「大発見」

 楽しい話ではないけれど「お題」に参加してもいいですか? 古い話で私の運命を変えた大発見です。25年くらい前のDVまっただ中に「共依存」の概念を知ったこと。実は発見ではなく教えられたのですが、一度拒否してから自分で発見し直しました。

            

◆精神科に行った経緯 夫の命令で睡眠薬をもらいに精神科クリニックに行かされました。夫が何度か行ったことのある病院です。「代理で来ました」と言うと、薬だけ出すわけにはいかないので診察室に通され状況を聞かれます。夫が飲む酒の量も正直に話すとスタッフの顔色がかわりました。医師には「夫はアルコール依存症であなたは共依存症だ」と言われ、シェルターの連絡先や一般人向けの共依存の本などのメモを渡されました。

◆共依存とは 現在のWikiにある説明も、私が医師に言われたこととほぼ同じです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/共依存 

共依存(英語: Co-dependency)、共嗜癖(きょうしへき、Co-addiction)とは、自分と特定の相手がその関係性に過剰に依存しており、その人間関係に囚われている関係への嗜癖状態(アディクション)を指す。すなわち「人を世話・介護することへの愛情=依存」「愛情という名の支配=自己満足」である。共依存者は、相手から依存されることに無意識のうちに自己の存在価値を見出し、そして相手をコントロールし自分の望む行動を取らせることで、自身の心の平穏を保とうとする。

◆始めは抵抗する 感情を殺していた私でも医師の説明には腹立ちました。誰が望んでこんなことをするものか。私は夫に脅されて止むなく来たのだから。でも「家でゴロゴロしている彼が来ないであなたが仕事を休んで来るのはおかしいでしょう」と言われ言葉を返せません。一番そこに憤っていたのは私自身であり、思いをねじまげ押し殺して来ているのです。でも医師が言ったことは正論でした。

帰宅してもまだ悔しいと感じていたのは自分の苦労を悪様に言われたからでしょう。でもなぜかもらったメモは捨てずに保管しました。後にこれが役に立ちます。

◆共依存を確認する 医師に言われたことを忘れて何ヶ月も経ちました。事態は悪くなる一方で私はわらをにもすがる気持ちだったと思います。メモを引っ張り出して医師がすすめた本を買いました。

共依存症いつも他人に振りまわされる人たち (KODANSHA SOPHIA BOOKS 魂 12-1)

始めはやはり抵抗しました。私には当てはまらない。こんなことはしないし考えてもいないと。今でも思いますが、私は相手を優先はしてもヤンデレ(「病む」と「デレ」を組み合わせたネットスラング)だったことはありません。

でも思考が当てはまらなくても、私の行動パターンはいくつも該当しました。「他人の世話に取りつかれる」「抑圧的である」「強迫観念にとらわれやすい」「信頼感を喪失している」等々。

◆共依存を認める そうしてついに認めました。自分は共依存症なのだと。意地を張り続けなくて良かったと心から思います。本の後半に書いてあった「もっと自分に優しくしよう」という言葉が強く印象に残りました。他にも様々なきっかけがあってたくさん本を読み、できることを実行し、私は前に進みました。

ここまでは昔の自著に書いていたことです。

◆現代の問題と共依存 今の私もまた思考の過渡期ですが。現代の問題の多くが共依存症の一部分とリンクして感じられます。「自分が正しい」「あの人が間違っている」「正してあげなくては」という思いではないか。他者を変えようとすることは共依存症の大きな特徴です。自覚の有無にかかわらずその意識で悪意なくSNS等で攻撃してしまうのではないか。

 そして私自身も一度は夫婦関係の共依存から抜けたものの、自分が正しいと考える罠には簡単にはまります。こうしてブログで文章にするおかげで自覚できました。「自分が正しい」と思うとき、人は相手より自分を高いところに置いています。客観的に見れば不快ですし、私自身がそうなっていると気付くとあわてて自分に「何様か」とツッコミます。