いつか愛せる

DVのその後のことなど

漫画「お別れホスピタル」を少し読んで

 ネットで途中までは無料で読める漫画で、ターミナル(終末期病棟)のお話を見つけました。実写ドラマ化もされているようです。「漫画 お別れホスピタル」で検索すれば見つかります。

            

 これは義母が最後の3ヶ月ちょっとを過ごしたような場所だなと思いました。私は利用者側でしたが、看護師さんの立場や思いにふれることができました。義母が入った場所は療養型の病院と聞いていました。

◆ゴミ捨て場と呼ばれる 漫画ではターミナルが「ゴミ捨て場」と呼ばれると書かれています。私も初めてお見舞いに行く時に乗ったタクシー(不便な場所で夫の体調不良もありいつもタクシーでした)の運転手さんに似たことを言われました。記憶が曖昧ですが、厄介払いというような言葉でした。義母自身が「これ以上痛い思いも恥ずかしい思いもしたくない」と言ったゆえの転院でしたが、そのように見られることが多いようです。

 漫画では自分で歩ける人もいましたが、義母と同じフロアにそういう人は居ませんでした。患者同士のおしゃべりも見たことがありません。私たち以外のお見舞いの人も、会うことは少なかったです。

◆患者との会話 ああいう場所で働くのはさぞストレスが多いことと思います。漫画の主人公の看護師さんは自宅で飼い猫に癒されたり、「お気に入りの患者さんに話しかける」ことでストレスを回避していました。患者を差別するわけではないと思いますが、動けなくても会話して和めるような患者さんもあるのですね。

義母は認知症にもなっていないし、会話する力があったころには良い患者だったかも?と思いました。

◆予防接種と病院の利益 インフルエンザワクチンが体に合わず接種以降寝たきりになって亡くなった患者さんの話がありました。義母は亡くなる8日前に「予防接種はどうされますか」と聞かれ夫が断りました。もし接種したらもっと早く亡くなったかも知れません。

営利目的の施設ですから報酬に結びつくことをするのは仕方ありません。漫画によると「人工呼吸器などの延命治療がもっとも点数が高い」とのことです。

義母とは別に、若くして倒れた私の元同僚の女性のことも思い出しました。彼女は半年の植物状態の後に意識は取り戻しましたが、漫画にはずっと意識のない女性が登場します。

◆食べられなかった義母 漫画にはオヤツに執着する患者や、スタッフに恋する患者などが出てきます。やはり義母が食べられなかったことを思い出します。毎日の食事もたまに3時に出るデザートも、義母はきっと同室の患者さんを横目で見るだけでした。食べることが大好きだったのに。「食べる夢ばかり見る」とも言っていました。義母は最後の時期に何か楽しみはあったろうか? と考えると辛くなります。まだ自宅にいたころでさえ「元気だったころのこと思い出したら悲しくなっちゃったわ」と言ったことがありました。

◆最後の時期 年をとってボケるのは「死を怖がらなくなるため」だという説を聞いたことがあります。ではボケずに状況を認識できるまま最後が近づく時、人はどんなことを考えるのでしょうか。

はたして私はそのとき謙虚に振り返れるだろうか。誰も恨まず運命を呪わず死を恐れず、自分の人生にお礼を言って去れるだろうか。肉体的にも辛そうで想像すると怖いです。でももし理性と時間に猶予があるなら、そうやって過ごせますように。今からでもそういう自分になれますように。